田舎ヒーラーの癒し通信
宮城県に住み気功整体の治療師としての仕事と自然農法による農業者でもある2つの顔を持つ田舎ヒ−ラーの癒しメッセージを届けます
白鳥孝則(田舎ヒーラー)
2008-08

贈り物

今日 来院の患者さんより素敵な手作りの飾り物を頂きました
牡蠣と帆立貝の貝殻に絵付けした物です。
とても良い癒しの波動が出ています


特に下の写真の言葉が印象的で心に染みました。



写真では読みづらいでしょうから下記に紹介します

  真剣だと知恵が出る

   中途はんぱだと ぐちが出る

    いいかげんだと 言いわけばかり



2008年08月28日 21時05分58秒  /  コメント( 7 )  /  トラックバック( 0 )

小欲を捨て大欲に立つ

その昔、ひとりの老人が、一休和尚を訪ねて、祈とうを頼みました。

「私は80歳になりますが、あと20年長生きしたいのです」

一休は答えて言いました。

「たった20年でよいのですか。何と欲の少ない人だ」

老人は驚いて、言い直しました。

「いえ、できればあと40年ほど長く生きたいと思います」

「これは、ますます欲の少ない人だ」

「では、あと100年」

ここで一休は諭しました。

「50年や100年長生きしても、同じことだ。そんな小さな欲ではなく、なぜ永遠に生きようという大きな欲をもたないのだ。御仏は、永遠に生きる道を説いているのだ」
花は散っても、また次の年には咲きます。川の水は流れ去っても、流れは永遠に続きます。
人の肉体は滅びても、また自然に返り、新しい生命の源となります。魂は仏となって、永遠に生き続けるのです。

老人は、一休の言葉によって目覚め、余生をやすらかに生きたそうです。

人間は、欲望によって苦しみます。

欲望は、大きいほど浅ましく、卑しいものとされています。

しかし、仏法では、「小欲を捨て、大欲に立つ」ことを説いているのです。

ちっぽけな欲望を捨て、それらすべてを超越するような大きな欲をもてば、煩悩にわずらわされる

こともなく、かえって謙虚になれるというのです。

他人をうらやんだり、憎んだりするのは、「自分のもの」と「他人のもの」を分けて考えているか

らです。 「自分の幸せ」よりも「他人の幸せ」のほうが大きく見える。

「自分の心」が「他人の心」によって傷つけられた。

どれだけ必死に「自分のもの」だけを大切に守り、増やそうとしても、それはしょせん「小欲」に

すぎません。
人は誰でも幸せになりたいと願うものであり、それは悪いことではないのですが、他人と自分を比

較して落ち込んでしまう人は、「自分だけが幸せになりたい」と思うから苦しいのです。

「他人のもの」も「自分のもの」だと思って大切に扱えば、他人の幸せまでも自分の幸せと感じる

ことができるようになるのです。

「他人のもの」を「自分のもの」にすると言っても、何かを奪い取るわけではありません。我が物

顔で振る舞うというのでもありません。

「奪う」という発想は、「他人のもの」と「自分のもの」を分けているからこそ起こるのです。

他人と自分の垣根を取り払い、すべてを共有すると考えればよいのです。

ある大学の教授が、次のようなエピソードを本に載せていました。

教授がキャンパスを歩いていると、ベンチに学生が座っており、その前にゴミが落ちていました

教授は学生に言いました。

「目の前にゴミが落ちているんだから、拾ったらどうだ」

学生は、まったく心外だという顔で、こう答えました。

「僕が捨てたんじゃありません」

「そんなことは分かっている。だが、ここは君の大学だろう」

せっかく大学に在籍しているのに、自分を「よそ者」であるかのように考えるのは、まったくもっ

たいないことです。

大学の校舎も、庭も、「自分のもの」だと思えば、愛着がわき、きれいに使おうと思えるのではな

いでしょうか。

「私は○○大学の学生である」という誇りがあれば、自然にそう思えるようになれるはずなので

す。 車の窓から平気でタバコの吸い殻を投げ捨てる人でも、まさか自分の部屋の中で同じことは

しないでしょう。

「自分の車の中、自分の部屋の中さえきれいになればいい」という考え方は、とても貧しく、ちっぽけな欲です。
「この町、この国、地球すべてが自分のもの」と大きな欲を抱けば、どれだけ心は豊かになるでし

ょう。 「自分さえよければいい」というのは、かえって自分を窮屈にするのです。

誰でも、自分の親や子供には、幸せになってほしいと願うはずです。

他人も自分の家族だと思えば、その幸せを自分の幸せとして感じることができます。

赤の他人に対してなら腹の立つことでも、自分の家族だと思えば許すことができます。

自分ひとりの幸せは、どれだけ大きくしても「ひとり分の幸せ」でしかありませんが、10人の幸せ

を自分の幸せのように感じることができる人は、10倍幸せになれるのです。



2008年08月26日 17時25分04秒  /  コメント( 10 )  /  トラックバック( 10 )

蟻(アリ)と人との違...

   蟻は障害に出会ってもすぐ次の道を探すが

   人は多く立ちどまって腹を立て 他人のせいにし始める


 誰であれ人生で障害はつきものです

 障害に出会ったとき


    すぐ次の道を考える姿勢というのは 人を幸せにします


 でも実に多くの人が

 自分を責めたり、他人のせいにしたがります


 多くの人がもつ不思議な心の癖ですよね

 そんなことに感情のエネルギーを使い果たして

 やる気をなくしてしまうのです

 ときに生きているのがもう嫌になったりします


 幸せは自分の外にあるのではなく 自分の内側にある

 外に求めている限りあなたは裏切られるだろう


  さとり、覚醒とは

  本来の自分をつかむこと以外のなにものでもない


 古来より覚醒の聖者はそう繰り返しています。


 あなたはいかがでしょうか?



2008年08月23日 20時10分37秒  /  コメント( 10 )  /  トラックバック( 10 )

見ざる 聞かざる 言...

見ざる

  人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

聞かざる

  人の悪を聞くために耳があるのではない。


言わざる
 
  人の悪を語るために口があるのではない。



2008年08月19日 13時55分29秒  /  コメント( 9 )  /  トラックバック( 0 )

トイレ掃除

(イエローハットの鍵山秀三郎さんのお話です。
  イエローハットが、「掃除」の力で
  ここまで大きくなったということが語られています。

  イエローハットがまだまだ小さくて
  社員の心もすさんでいた頃、
  鍵山さんは、社員の心を癒したい、
  社員への感謝の気持ちを表したいという
  一心で毎日毎日掃除を続けていたのです。

  そんな鍵山さんの姿勢を見て、
  少しずつ、少しずつ「掃除をする社風」
  ができてきたのです。
  
  トイレ掃除でも、裸足、素手で行う鍵山秀三郎さんが
  トイレ掃除をする理由を5つ挙げています。
  1.謙虚な人になれる
  2.気づく人になれる
  今日は3つ目からお話します。

  
3つ目「感動の心を育む」

 「感動こそ人生。
  できれば人を感動させるような生き方をしたい。
  そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一。

  人が人に感動するのは、
  その人が手と足と身体を使い、
  さらに身を低くして一生懸命取り組んでいる姿に感動する。 

  特に、人の嫌がるトイレ掃除は最良の実践です」

最初は、汚いトイレですよ。
それでも、汗水たらして必死で磨いたりしていると、
最初は取れないと思っていた汚れまで取れて
ピカピカになる。
…これは達成感ありますよね。
まさに感動します。

トイレ掃除で感動するんですよ。
これは、本当に一生懸命にトイレ掃除をした人でなければ
わからない感動です。

また、一生懸命、無心にトイレ掃除をする姿を見て
人は感動してくれるんです。
あの子があんなに一生懸命になって、
あんな汚いトイレをきれいにして…って。

4つ目「感謝の心が芽生える」

 「人は幸せだから感謝するのではない。
  感謝するから幸せになれるのです。
  トイレ掃除をしていると
  小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれます」

似たような言葉で、

 「人は幸せだから笑うのではない、
  笑うから幸せなんだ」

結局は自分の考え方ひとつ、
心の持ちようってことですよ。

トイレ掃除をしていると、
不思議と自分を見つめなおすことができるんですね。
まさに、自分を磨くことができるんです。

そうすると、だんだん小さなことにも
感謝できるようになってくるんです。
感受性が豊かになってくるんですね。

感謝できるようになると、幸せになれるんです。
親がいてくれてありがたい、毎日ご飯が食べれてありがたい、
勉強ができてありがたい、友達がいてありがたい…
そんな風に思えれば、幸せじゃないですか。ねぇ。

5つ目。「心を磨く」

 「心を取り出して磨くわけにいかないので、
  目の前に見えるものを磨く。
  特に、人のいやがるトイレをきれいにすると、
  心も美しくなる。
  人はいつも見ている物に心も似てきます。」

だから、形のある、目に見える、
汚れたトイレをきれいにすることで、
みなさんの心はどんどんどんどん
きれいになっていくのではないでしょうか。

 「学んでほしいのは、
  そうじの技術ではなく、そうじの心」

ってことなんです。
もちろん、そうじの技術も知っているに越したことはないんですが、
一番は、そうじの心を身につけてほしいなと思っております。

誰も見ていないところでも、誰にも気づかれなくても
黙々とそうじができるようになってほしいなと思います。
しかも、楽しみながら。

そういう人なら、社会人になっても絶対に
いい仕事ができるんじゃないでしょうか。


そして、「そうじの心」を身につけた人は、
間違っても「ポイ捨て」なんかしない と思います。

どこでもきれいにする心、その心を学んだ人は、
自分が出したゴミをその辺に捨てるなんてことは、
絶対にしないと思います。

引用
「掃除道 会社が変わる・学校が変わる・社会が変わる」
 著者:鍵山秀三郎 出版:PHP研究所
 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569643590/mag12-22/ref=nosim/



2008年08月07日 21時24分14秒  /  コメント( 10 )  /  トラックバック( 3 )

悩みが尽きないのは

悩みが尽きないのは、

自分のことばかり考えているからです。

自分の立場や面子や利益を保つことばかり考えておりますと

悩みはどんどん膨らんでいきます。

心安らかな人生を過ごしていくためには、

いつも周囲の人を気づかい、

人の歓びをわが歓びとできるようになることです。

人を喜ばせようと考えている人に悩みはありません。

         (鍵山秀三郎)


鍵山さんは十数年前にトイレ掃除の社長さんということで知りました。
素晴しい人ですね。真理を悟ったお人で心から尊敬しています。



2008年08月05日 21時58分41秒  /  コメント( 10 )  /  トラックバック( 1 )

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