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プロ家庭教師・東京多摩西部地区 岡崎展久

読書感想文・・たとえば宮口しづえ「弟」

この、宮口しづえの短編、「弟」は涙なしには読めませんでした。
作者が若くして、逝ってしまった弟の話を書いているのですが、多分実話です。
彼女の作品を読んだことはありませんが、また調べて読んでみようと思いました。
主人公は「じいネエ」です。彼女には、弟が二人ありましたが、下の弟は、年が離れているせいか、とても彼女になつきます。
「ちいねえ」といっていたのがいつのまにか「じいネエ」になったということです。
彼女のお父さんが若くしてなくなったので、お母さんが大黒柱として働かなくてはなりませんでした。まだ戦前なので、福祉もしっかりしていなかったのでしょう。本当に貧乏です。
おかあさんは何とか、教員免許があったので、先生になって働きに出ました。
お母さんは朝早く起きて、出て行ってしまうので、お姉さんのじいネエがいつも、弟の面倒を見ていました。
弟が大好きな歌があったら、弟にせがまれて何度も何度も歌いました。
今では想像も付きませんが、昔は日本は本当に貧しくて、
食べ物もなければ、家も汚くて、子供なんかほうったらかしです。
僕も高度成長期に生まれているので、ぎりぎり、昔の貧しい生活の雰囲気は知っています。

ある日のこと、弟とじいネエのいっている学校は運動会でした。
でも、お母さんは、仕事なので、付いてきてくれません。
ただ、子供たちのために一所懸命「のりまき」を作ってもたせてくれました。いつもはおにぎりなんだけど、貧しい思いをさせて不自由させているせめてものお母さんの気持ちです。でも、忙しくて、のりまきを包丁で切る暇がありませんでした。
弟は同級生にのりまきのことで、「のりまきがきっていないのはおかしい」といじめられます。昼休みにじいネエのところにやってきて
恥ずかしいから切ってくれと頼みます。
いつも、ひもじくて、我慢している弟の気持ちを忖度して、姉は、まともなナイフもないのに、何とかきってやります。自分はすでに高学年なので、のりまきはきってなくても、ごまかせます。

運動会が終わり、弟は仕事から帰ってきたお母さんを責めます。
お母さんは、笑いながら、「ごめんね、ごめんね」といいながら、涙をぽろぽろとこぼします。弟はお母さんの気持ちはわからなくても、自分がいけないことをしたと思って、黙ります。
弟と、じいネエの、こののりまき事件は思い出となります。

そして二人とも成人して、じいネエは結婚し、弟は、養子になって、満州に渡ります。今ではわかりませんが、貧しいと、よく養子に出されました。
満州は、当時日本の植民地で、貧しい人たちが、ひと旗揚げにいったところです。
そして栄養が悪かったのか、養子の気苦労か、弟は病気になって、名古屋の病院に入院します。昔は、医学も発達していなかったので、人はよく死にました。
そして死期を悟った弟は、じいネエを呼びます。
きっと辛いことがあった時は、弟は、いつもじいネエのことを思い出していたに違いありません。でも、我慢してきました。でも、もう死ぬんだと思ったとき、じいネエに会いたくなったのです。死ぬんだから、甘えてもいいとおもったのです。
じいネエが名古屋に駆けつけて、三日ほどで弟は息を引き取ります。
じいネエは、はれた足をさすってやるのが精一杯でした。
 
そして、じいネエは、毎年弟の命日になると思い出の「のりまき」をもって、墓参りに行きます。そして、一緒にお母さんのことや、思い出話に花を咲かせます。
これは、家族の物語です。

Posted at 2010年03月27日 03時06分26秒 []